妖精



「シェリル!!」
 ダン!! と叩きつけるように扉が開く。
「倒れたって!? 大丈夫なのか!?
 駆け込んできたアルトに、ベッドに横たわったままのシェリルは苦笑した。
「大げさに伝わったのね。ちょっと立ち眩みしただけよ」
 もう大丈夫、とシェリルは言う。
 しかしその言葉に反して、彼女の顔色は悪く薄っすら汗も滲んでいた。
「どこが大丈夫なんだ。薬は? 医者は呼んだのか?」
「お医者さんにも診てもらったし薬も飲んだわ。大丈夫よ」
 そもそも、シェリルの病気は現代の医学で治るものではない。
 薬で症状を抑えることはできても、必ず死に至る。
 そしてシェリルに残された時間は、わずかだった。
「そう……か」
 アルトは、努めて笑顔を作った。
「腹は減ってるか? 食欲があるなら何か作るが…」
「アルトが?」
「なんだよ…。文句あるのか?」
 不貞腐れたように呟くアルト。
 それが可笑しくて、シェリルはくすくすと笑ってしまう。
「ふふっ。…じゃあ……。そうだ! 苺!!」
 唐突に、シェリルは言った。
「苺が食べたいわ。つめたく冷やした苺」
「それだけ…でいいのか…?」
「ええ。苺、買ってきてくれる?」
 今、とっても苺が食べたいの、とシェリルが言う。
 まるで小さな子供の我儘のようだった。
「……わかったよ」
 アルトは苦笑して、シェリルの髪をくしゃりと撫でる。
「じゃあ、ちょっと出てくるから。大人しく待ってろよ」
「はぁい」
 なんだかんだ言って、いつもアルトはシェリルの我儘を聞いてくれる。
 だからついつい、甘えたくなる。
「苺は甘くて大きいやつじゃないと嫌よ!」
「はいはい」
 我儘を言って無茶を言って、
 困らせて怒らせて、
 それでも言うことを聞いてくれる唯一の人だから。


 アルトが買い物のために出ていくのを見送ってから、シェリルはごほっ、げほっと咳き込んだ。
 アルトの前ではなんとか堪えていた。見抜かれてはいると思うけれど。
 それでも、アルトの前ではあまり弱っている姿を見せたくない。
 彼は優しすぎるから、 弱っているシェリルを放っておけない。
「……っ、はぁ……っ」
(……私……卑怯ね……)
 自分の病気を盾にアルトを縛り付けている。
 今にもランカを探しに宇宙(そら)へと飛び立っていきそうなアルトを。
(……ごめん……なさい……)
 それでも私には、彼が必要なの……
 そしてシェリルは、ゆっくりと重い眠りの中へ囚われていった。


「……目、覚めたか?」
 重いまぶたを開くと、目の前にはこちらを覗き込んでいるアルトの端正な顔。
 本当に綺麗な顔立ちをしている。さすがは『お姫様』と呼ばれていただけはあるわ、と、シェリルはとりとめもないことを思った。
「……私……寝てた……?」
「ああ、ぐっすりな。苺冷やしてあるけど、食べるか?」
 シェリルはこくんと頷いた。
 喉がぴったり張り付いているように乾いている。
 身体も重く、起き上がるのがひどく億劫だった。
「……ねぇ、食べさせてくれる……?」
「え!?」
 わざと誘うように艶めいて囁くと、アルトの顔がさっと赤らむ。
 その反応に、シェリルはぷっと吹き出した。
 相変わらずだわ、と。
「ふふ。顔、真っ赤よ? アルト」
「う、うるさい……っ。持ってくるから、ちょっと待ってろ」
「はぁーい」
(……可愛い顔しちゃって……)
 キスしたいなぁ、とシェリルは思った。
 あの綺麗な顔に口付けたら、彼はどんな反応をするだろう。
(……今みたいに真っ赤になって怒るかしら……。それとも…)
 もう一度、キスをしてくれる……?
(……でも……、ダメ……)
 それはダメ…、とシェリルは首を横に振った。
 シェリルはアルトのことが好きだ。愛している。
 だから傍に居られるのは嬉しいし、アルトが自分に優しいのは同情や憐憫かと思うと胸が苦しくなる。けれど……
(……ダメ……)
 アルトに愛されたい、と思う一方で、愛してほしくないとも思う。
 だって自分は、もうすぐ死んでしまうから。
「……シェリル?」
 名を呼ばれ、シェリルははっと我に返る。
 よく冷やされた苺を盛ったガラスの皿を手に持って、アルトがベッドに腰掛けた。
「……ほら、口、開けろ」
 丁寧に一つ一つヘタをとった苺をつまんで、ぶっきらぼうに言う。
 言われるがまま開いた唇に触れる、繊細な指先。
(……今のままで良い……)
 冷たい苺をゆっくり噛むと、甘くて酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。
(……ただ……、傍にいてくれるだけでいい…)
 答えなんて聞きたくない。
 聞いてしまったら、死ぬことが……、
「美味しい……」
 生きることが、きっと怖くてたまらなくなるから。
「よかった」
 シェリルがゆっくりと噛みしめながら呟くと、アルトはほっとしたように微笑む。
 あぁ、神様。叶うなら……
「ねぇ、アルト……」
「なんだ……?」
(……あなたが好きよ……)
「……なんでもない」
「なんだよ、それ」

 もう少しだけ、この人の傍にいさせてください。


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