お風呂でドッキリ!?



「ふぁ〜」
 熱い湯船につかり、ロジーは深く息を吐いた。そうすると、疲れが全て溶けていくような……、そんな気がするのだ。
「やっぱり風呂はいいなぁ……」
 今ロジーが入っている風呂は、彼の下宿にある風呂ではない。なんと、アトリエのすぐ隣に新設された風呂場なのだ。
 一ヶ月ほど前、ロジーは相棒のエスカと共に達成は難しいとされていた大課題をクリアした。そのご褒美として、上司であるマリオンがアトリエに風呂場を作ってくれたのである。ロジーもエスカも数日かかる調合に入ると中々家に帰れず、アトリエで寝泊まりすることも多いので、これは助かった。
 もっとも、実際に風呂場を作ってくれたのは整備班とはいえ、それに必要な資材を集めたり錬金したのはロジー達だが。
(アトリエで寝泊まりする時はできるだけシャワーを浴びに帰っていたとはいえ、やっぱりすぐ隣にちゃんとした風呂があるのは良いよな……)
 これでますます仕事に打ち込めるというものだ。まあ、一人暮らしの自分とは違い、林檎園で家族と暮らしているエスカがますます帰らなくなるのはマリオンも気にしていたけれど。
 それから……
『ロジーくんに限って……とは思うけど、お風呂でばったり!「キャー!! ロジーさんのエッチー!!」なんて展開はやめてよね』
 とも釘を刺されたっけ。セクハラはダメよ、セクハラは!! と。
 ロジーは苦笑するしかなかった。内心、そんなことするわけないだろ!! と思いながら。
(……班長は考え過ぎだよ……。そんな、一昔前の娯楽小説みたいな展か……)

 ガラっ!!

「!!??」
 ロジーがマリオンの危惧に苦笑していると、突然風呂場の引き戸が開いた。
 ぎょっとして身を竦ませると、湯けむりの向こうに立っていたのは……
「ひっ!!」
 裸のエスカ、だった。
 ちなみに、「ひっ」と悲鳴を上げたのはエスカではなくロジーの方である。
「……あれぇ〜? ロジーさん?」
 エスカの身体を直視しないよう、慌てて後ろを向いたロジーの耳に響くのは、呑気なエスカの声だ。語尾が伸びているのは、先ほどまでアトリエのソファで寝ていたから――寝起きだからだろう。
 もしかしたら、寝ぼけているのかもしれない。そうでなければ、ロジーが入っていると気付いた時点で悲鳴なりなんなりを上げるはずだろう。
「エ、エスカっ!! 悪いが俺が先に風呂に入っているんだ、だ、だから!!」
 早く出ていってくれ!! と、ロジーは壁に向かって大声を上げる。
 風呂に入りたいのはわかった。譲ろう! だがそれは、俺が上がってからだ!!
「ふぁ〜、眠いぃ……。お風呂入って目を覚まさなきゃ〜」
 やっぱり寝ぼけている!! エスカはロジーが入っているにも関わらず、ペタペタとバスタブに近付いてくるではないか。壁の方を向いてエスカの方は見ていないとはいえ、その気配は嫌が応にも伝わって来る。
「エスカ! め、目を覚ませ!!」
 恋人でもない未婚の男女が一緒に風呂に……だなんて!!  裸の付き合いをする、なんて……!!
 ましてこのバスタブはあくまで一人用で、お湯だって濁り湯でも無く透明で、つまり……丸見えっ!! なのに!!
「あぁ〜、言ってなかったっけぇ。ロジーさん、おはよーございますぅ……」
「おはようじゃない! そんなこと言ってる場合か! って、ちょ……」
 ちゃぷんとお湯が揺れて、水かさが増す。それはつまり、エスカがバスタブに入って来たということで……
(ひい!!)
「ふぁ〜、良いお湯〜」
 寝ぼけたままバスタブに入って来たエスカの足先が、ロジーのお尻に触れた瞬間……

「jア@じくぁjレアじdjffdfはうfhp!!」

 ロジーは言葉にならない悲鳴を上げて、バスタブから逃げ出した。
 その顔は、耳まで真っ赤だった。


 それから数十分後。アトリエに顔を出したマリオンが見たものは……

「年頃の娘が、寝ぼけたからと言って……!!」
 ソファの上に正座するエスカと、そんな相棒にお説教をするロジーの姿だった。
 いったい何をやらかしたのかわからないが、ロジーは常になく怒っているようだ。
「ごめんなさぃ〜」
 そしてエスカはひたすら謝っている。だが、ロジーのお説教は止まらなかった。
「それに、脱いだものを脱衣所に放置するな!! 脱いだ順にあちこち散らばってたぞ!!」
「ごめんなさぃ〜」
「服は洗濯に出しといたから! 忘れずに取りに行けよ!!」
「大丈夫ですよ〜」
「そういって一ヶ月忘れてたの誰だ!? それから……」
 錬金釜でこっそりお菓子を錬成するな! だの。
 食べかけのお菓子を放置するな! だの。
 お菓子ばっかり食べるな!! だの。
「…………」
 マリオンは黙って、アトリエの扉を閉めた。
 そして眉間を押さえながら、ふう〜っとため息を吐く。
(……ロジーくん、エスカちゃんのお母さんみたい……!!)
 あの二人に『セクハラ問題』など杞憂だったと、マリオンはしみじみ思い知ったのだった。


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